中田耕市プロファイル
中田耕市プロファイル
このURLは、私のビジネス経験とアイデア・企画立案・商品開発・実践・企業活性化行動など、
具体的に私自身が開発・構築し実践してきた事を羅列し説明することで、私を知って頂くと同時に
日本経済に於けるマクロ・ミクロ両立の経済活性化アイデアは、可能であることを伝える目的で
作成したものです。

日本経済の問題点
1、本当の意味のベンチャーが育たない環境
  組織経済力や下請け、学閥に代表される企業が多く、完全独立型経営者の育成が困難な環境
2、未だ継続される護送船団方式
3、官だけではない許認可と民間のビジネス約束事
  商法改正や許認可緩和だけでは解決しない、民間企業体や業種別の常識的悪習慣
4、政財官の経済の指導的立場の者がまったく理解していないミクロ経済
  (知識的マクロ経済を大局と考えて実践する事の危険性を知らない)
5、具体的ビジネスプラン(オリジナル)を樹立・実践できない環境と考え方

経済活性化の具体的提言
地方自治体・国家レベル・組織化された大手企業から中小企業・ベンチャーにいたるまで
経済の活性や企業の活性には、現場レベルのミクロ経済活性企画が重要です。
それは、前記した日本経済の問題点を、多くの人が指摘しても、急激に改正される事は無い
と言う前提で、マクロ的な背景を理解し、その上で実行出来るミクロレベル経済活動を指します。
現場や環境の決められた条件を逆手にとって、現場レベル責任を確実に行い、
条件の判断を見直して、画期的なビジネスチャンスを生み出し、実行する事なのです。
この手法の例題は、ビジネス履歴の中で、私がいくつか実行しています。つまり私は、自分の
ベンチャー企業活動中に、もし私が実行した事を、もっと大きなレベルでやれば、大きな結果を
もたらすであろう事を、実験する方法を採ったのです。また理解者が、どの程度であるかも、
実験中の知りたい対象でした。(下記ビジネス履歴中のは、実験の意味を持つ物です)

●中田の友人・知人
私の友人・知人は、圧倒的に経営者ばかりです。大小を問わず、独立系の会社オーナー社長です。
私は、日本的ビジネス矛盾を克服し、戦っている彼らが好きです。
常に、ビジネスチャレンジを一生続ける意欲ある人々を好みます。
勿論その対象がビジネスではなくNPOやNGOでも、あるいは文化事業でも、こだわりを持たず
実践行動で完成させようとする方々を応援し、協力したいと考えています。

職業  日本経営者同友会 専務理事  株式会社マーユ 代表取締役 他数社役員

特記業務歴 2003年度ナノテク世界大会審査委員(NEDO主宰)
          ベンチャー企業特別経営コンサルタント業務30社以上
          ビジネスモデル特許 IS嘱託
          各団体の経営者会でパネラー及び講師職

○出生地 広島市  ○年齢 昭和27年生まれ 52歳
○ビジネス・スタート年齢19歳  中田宛メールは、info@21j.com
○関連ドメイン 
http://www.21j.com
http://www.meibis.com

中田耕市(籍名耕一)のビジネス履歴と内容(明細は次ページ)
聞等は、実態のない事や、過小の出来事では、記事にはしません。
従って下記事項は、すべて実践している事を認識下さい。


●日本で最初のパソコンショップ店長 1975年頃 (アスター・コスモス)
●インベーダーを開発したと言われるが「間違い!」1976年頃 (中田個人)
●秋葉原電子ショップ設立(個人)
●コンピュータ事業 パソコン開発製造
●株式会社AMC設立、世界十数国に関連会社設立
売上100億円以上となるが、いくつかの出来事により倒産
●応用工学研究所研究員に就任 1985年頃 (中田個人)
日本で初めて、「オークションによるM&A」
1987年5月15日 日本経済新聞と日経産業新聞記事あり 
日本で初めて、「求む工場」と言う企画 
1987年8月12日 日経産業新聞記事あり 
「社外スタッフ」と言う企画 
1988年 日経産業新聞記事あり 
●半導体メモリーと言う「電子の米」 
1988年12月23日 日経産業新聞記事あり  
●「航空機ビジネス」の推移 
1989年4月13日 日経産業新聞記事あり 
●日本初のノートパソコン「TheBOOK」の特命プロジェクト(中田個人)
●MACの世界へ一石! 1990年頃 
1990年6月19日 日経産業新聞記事あり    
●イ・アイ・イ(EIE) ブランド周辺機器の開発と製造
1990年6月29日 日本経済新聞と日経産業新聞記事あり 
●ダイアルQ2用コンピュータの開発 
1990年12月12日 1991年7月18日 日経産業新聞記事あり 
街頭キオスク端末の開発 
1992年1月14日 日本経済新聞記事あり 
●バーコード・システム
1992年2月28日 日経産業新聞発表 
WINDOWS・システム 
1992年3月22日 日経産業新聞記事あり   
●日本で2番目のCDROMライター開発 
1992年4月23日 日経産業新聞1面記事あり  
●電子紙芝居開発・商品化 
1992年9月22日10月14日他 日本経済新聞と日経産業新聞記事あり
●周辺機器開発 販売
1992年7月2日 数回 日経産業新聞記事あり    
●PET業界にチャレンジ! 
1992年9月23日 日経流通新聞記事あり    
「著作権フリー」と言う行動全般 1993年より継続
1993年3月10日 日経産業新聞記事あり
●CDR音楽用 1993年頃 
1993年5月25日 日経産業新聞記事あり 
●「総務君」開発 1993年頃     
1993年6月30日 日本経済新聞記事あり
全200巻以上のオリジナルCDROMコンテンツ製作編集1993年から継続
1993年8月19日 10回以上 日経産業新聞記事あり   
●大学生住所禄CDROM 1993年〜95年頃
1993年8月19日 3回以上 日経産業新聞記事あり 
●合成写真印刷開発 1993年   
1993年11月1日 日経産業新聞記事あり 
上海師範大学電机科客座副教授就任 (中田個人)
1994年 日経産業新聞記事あり 
●音声CDも! 1994年頃  
●CDROMメディア製作 1995年頃 
日本初の提言実践「全社員役員制」1995年頃
1995年1月19日 数回 日本経済新聞と日経産業新聞記事あり 
現地法人設立業務 1995年より 
1995年4月13日 日経産業新聞記事あり   
●ゲオGEOとの取り組み意図 1996年頃  (中田個人)
1996年5月 日経産業新聞記事あり
●中国の大学へ留学斡旋 1995年頃
1995年6月12日 日経産業新聞記事あり       
●インターネット事業 1996年頃 
1996年6月19日 日経産業新聞記事あり
「ビジネスモデル特許抵触の可能性」作成と発信と影響 (IS嘱託)
ビジネスモデル関連 記事、ネット記事、特許関連参照
●家庭用ゲームやTV用飛び出す3D装置の開発(3D技術開発本部長)
2001年8月10日 インターネット各種記事参照
●裸眼立体視液晶モニター(メガネ不要)開発(3D技術開発本部長)
2001年10月16日 インターネット各種記事参照
●関電工との提携、コロンブスLAN発売(ネットハンズ代表取締役会長)
2002年8月22日 インターネット記事参照 日本経済新聞他
クレジット電子決済エシックスと提携・開発(ネットハンズ代表取締役会長)
2002年9月9日 インターネット 日経産業新聞記事あり
●携帯電話写真転送システム 販売(ネットハンズ代表取締役会長)
2003年3月3日 インターネット 日経産業新聞記事あり
●日本経営者同友会 専務理事就任
2003年8月 同友会URL参照
●ネットハンズ会長退職
●メイビスを社名変更株式会社マーユとなる
●2003年アパレル事業参入(高級手作りマウスパッドで話題)
●2004年各社と新規事業スタート

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   特に希望があれば、新聞記事閲覧は可能です。

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